杞憂を実現させないために

あなたがそうであるかもしれないし、周りにそんな人がいるかもしれないですが、「〇〇だったらどうしよう」「もし〇〇だったら…」といつも取り掛かる前から大きな不安を抱えて、本当に不安が的中してときに「やっぱり駄目だった」「どうせダメなのは最初からわかっていた」というまるで失敗するまでを前提にしたような一連の流れを嘆いている人がいると思います。中国の故事に「天が崩れ落ちてくるのではないか」という取り越し苦労に駆られる『杞憂』という話があるのは有名ですが、メンタルを病んでいれば杞憂としか思えないような事でもどんどん実際に襲いかかって「またダメだ」と思うことの繰り返しは珍しくないように思うのです。

ネガティブ本能というものが人間には存在している


昨年、日経BPから『FUCTFULLNESS(ファクトフルネス)』という本が出版され話題になりました。人間には本能的にそうしてしまいがちだったりそう思い込む傾向があったりという『10の思い込み』があり数字やデータを多面的に捉えて正しく判断することはとても難しいです。ここでは10の思い込みに関してすべてを開設するわけではないのですが、杞憂が実現しやすい人に関してはこの思い込みの要素に大きく影響されていると思います。

物事のポジティブな面よりもネガティブな面に注目しやすい『ネガティブ本能』

人間は良いことよりも悪いことのほうが印象に残りやすいといいます。それは今よりもずっと昔の進化の過程で痛い目に遭ったことを記憶しなければたちまち皆死に絶えてしまうような時代を経て何代にも渡って学習してきたからです。生まれつき誰もが楽しいことがあったところで嫌なことや、良くないことがあればそればかりが頭から離れないのは当然のことなわけです。

例えば、二万円を誰かに貰ったとしてそのうち一万円をどこかに落としてしまったとすれば一万円が無事手元にあってプラスマイナスでいえばプラスにも関わらず落とした一万円のことをずっと引きずって悔やむのではないでしょうか? ちなみに人間はネガティブなエピソードをドラマチックに感じやすいとの話もあります。歴史上の偉人が悲運の死を遂げたなんていう話は現代においてもドラマチックで人々に強い印象を残しますよね。つまりポジティブな要素は人の意識にはあまり残らないため自分にとってよくないことばかりが頭の中を占めるのは本来自然なことだそうです。

『宿命本能』で可能性を断ち切ってしまう

同じくファクトフルネスに書かれていて、これも多いと思うのですが人間には生まれついた国や家柄、生活環境で結局は宿命づけられているので物事は変えることができないし、変わることもないという『宿命本能』です。自分のやることなすことが上手くいかなければ『自分は何をやっても上手くいかない。そういう風にできているんだ』と悲観するのはなにも珍しいことではありません。しかしながらそういう状況ではわずかな可能性や成長にすら目をつぶっていることが多いです。Aはできなかったが、Bは上手くいっていた。Cについては改善すれば次は上手くいきそうという事実があったとしても、BやCには目もくれず『Aがダメだったのですべてダメ、どうせダメなのは私は最初からわかっていた』という風に良かったものや改善がすぐにできそうなものにさえバツをつけて自分の可能性を否定しかねないのです。

杞憂を実現させないために

ネガティブ本能に引っ張られすぎたために恐れていたはずの杞憂が実現してしまうことが多い人のための言えることは、本来は『物事をネガティブに捉えない』というところだと思います。がしかし、本能がどうだとか言ったところでネガティブに捉えないというのは事実不可能な話です。あなたが今から行う仕事や勉強など何でもそうなのですが、不安を感じて誰かに相談したところで「そんなの気にしすぎ」だとか「もっとポジティブに考えたら?」とか相手に言われたら、なんの解決にもならないことを投げつけられたと感じて傷つく人は多いはず。傷つけられたら当然モチベーションも下がり、ますます失敗しやすくなります。ではどうしたらいいでしょうか?

事実をそのまま見る

簡単に言えば、自分や人の主観が入らないものを集めます。判断材料は、簡単に言えば数字やデータ、統計など。それらは誰かに意見を求めたところでその数字やデータがコロコロ変わることないからです。認知の例としてよく使われるのが『コップに半分入った水』の例えだと思います。これは「コップに水が半分しか入っていない」という考え方を「コップに水が半分も入っている」という考え方のくせを修正していくものです。思うのですが考え方を急にポジティブにするのは案外難しいことだと思うのです。なので『コップに半分水が入っている』と見ただけのことをそのまま受け止めたほうが簡単だと思います。

思い込みが減ればそれだけ損をしなくなる

事実をそのまま見るということに加えて事実を多面的に見るという事も大事です。判断材料が少ないとそれだけ事実以外で補う部分が増えて、それだけ思い込みを強くすることにもなりかねないからです。逆を言えば事実をそのまま取り入れることが多くなればネガティブな思い込むに流されずに済む可能性もそれだけ高くなります。杞憂が実現してしまう人はそれだけありもしないものに左右されているという点でそれだけ損をしています。杞憂の故事のなかでは『天が崩れてくるのではないか』と心配している内容が書かれているそうですが今のところ天が実際に崩れて落ちてきたということはまったくありません。もし杞憂が次から次へと湧いてきたら一つ一つ書き出してみて本当にそうだろうかと検証してみるのがいいと思います。
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