『病んでいる』ことに依存したいと感じていないですか?

君は病んでいるのかそれとも病みたいのか

 

私自身がSNSでよく出くわすことなのですが、発作的なのか定期的なのか「やんでる」とまめに発言する人が時折います。SNS上では精神疾患であるかないかに関わらず、趣味や仕事などアカウントの種類を問わず病んでいる人もとい『病みたがっている人』を見かけることがとにかく多い

そこに出没している彼ら、彼女らは別段の個人情報を書き込んでいるわけではないのでどこに住んでいる何歳の誰かは全く知りません。ですが、その呼吸をするように病みを訴える人たちが少し恐ろしくなったので記事を書くことにしました。

実際にどうかよりも『病んでる』事を表に出しやすい人かどうかを探る

 

個人的な意見から言ってしまうと頻繁に「やんでる」人は正直なところあまりいい人ではない、というのが私の今までの経験での得た解釈です。ちなみに今、私が言ったのは実際に病んでいるかどうかよりも『病んでいる発言を頻繁にする人かどうか』ということを話しています。

もう少し詳しく言えば『病んでいるアピール』をする人かどうかという事です。
語弊こそありますが、今までも触れてきたメンヘラの概念を使えば簡単に説明できるかもしれません。

 

「やんでる」発言を頻繁にする人の中では自覚があるのかないのかは定かではありませんが、『苦しい状況にあると知ってもらえればやさしくしてもらえる』ことに知らず知らずのうちに依存している人が多いです。なぜこんなことをわざわざ書いているのかと言えば私自身が過去にやり尽くしたことをこの場で自己分析して書いているからです。ここからは体験段をまじえたデリケートな話なので丁寧に描き進めていきます。

かつて私はわかってそう発言していた

私は「死にたい」と発言して「じゃあそうすれば」という人が現れないことはずっと前に自身で発信して知っていることです。「やんでる」と発言すれば「だから何?」と冷たい返信が来ないことも全て過去に経験していることなので知っています。なぜなのかを言語化すると、病んでいる人の背中を突き飛ばすような人が当たり前にいたら倫理的にどうかしていますし、発言によってもしものことが起これば法的責任を問われる事態になりかねない からです。

病んでいる発言の裏には『たとえ温かい言葉こそ貰えなくても唐突に否定されることも決してない』という微妙な確信が成り立っていたうえで繰り返されることが少なからずあるわけです。これは大事なことなので念のために書いておきますが、相手のことをどう思ったところで相手を否定をする発言をしてもいいという許可は決してありません。もし相手をうっとしいと思ってしまったところで簡単に傷つけても許されることは決してないのです。

 

お互いのために極力干渉しない

ここまで進めると分かるかと思うのですが、ポイントとしては

①病んでいる発言をしている側は傷つけられない確信がある(無自覚であっても)
②その発言をどう思ったとしても相手を否定していいわけがない

この2点だと思います。

この場合「病んでいる」発言を気がかりに思っていたとしても長期的な関係性を考えれば干渉しないのが最適です。自分が構わないといけないだろうかと思っていても相手のこと考えればみだりに力になってあげようと思うのは危険です。

前回記事『SNSの普及で不安をさらに強く感じるようになった人達』で書いたように都合のいい依存先として選別されかねないからです。

自律神経のバランス改善を漫画をまじえて解説している『ストレス万歳!』小林弘幸・PHP文庫のなかで著者の小林先生は「ストレスの9割は人間関係だとわたしは考えている」という事を述べ、ストレスに対処できずにいることは「与えられている情報」を受け続けている状態。ネットサーフィンを何時間もしてしまう、SNSを頻繁に気にする、やたらスマホを気にするということもストレスに対処できていないサインだと仰っています。

私は依存するならスマホもSNSも全部やめてしまえ!と言いたいわけではありません。これからのまとめの記述も踏まえて何事も適切な距離を置かないとたちまち皆だめになってしまうと言おうとしています。

健康的な依存を手に入れるために

 

このサイトでは全体的に『なにかの状態』もしくは『特定の誰か』にどっぷり依存しないための対処を記述していく予定なので、ここからは具体的な内容を書いていきます。

  • 「やんでる」と発信している人へ

一つの物事や相手にハマる状態を改善する努力をする。(具体的には友人や恋人、仕事など生きていく以上は無関心でいられない対象のこと。)
身近な人間関係のことで悩んでいるなら好きであっても嫌いであってもとりあえず距離を取ること。人との距離を取ると激しい孤独感が迫ってくると思いますが、そこでつながりを求めてスマートフォンに向かったところで根本的な『病んでいる』状態が改善することはまずありません。

依存という言葉自体にとても大きな語弊があるのですが、脳性まひで小児科医の経験もある東京大学先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎先生は『自立とは依存先を増やすこと』という言葉を述べています。以下の引用元は自立生活をサポートするための大学生協のHPですが、適切な依存のために大事なことを仰っているので載せておきます。

それまで私が依存できる先は親だけでした。だから、親を失えば生きていけないのでは、という不安がぬぐえなかった。でも、一人暮らしをしたことで、友達や社会など、依存できる先を増やしていけば、自分は生きていける、自立できるんだということがわかったのです。
「自立」とは、依存しなくなることだと思われがちです。でも、そうではありません。「依存先を増やしていくこと」こそが、自立なのです。これは障害の有無にかかわらず、すべての人に通じる普遍的なことだと、私は思います。
引用元『大学生活協同組合連合会』https://www.univcoop.or.jp/parents/kyosai/parents_guide01.html

私の中での抽象的なイメージを述べますが「やんでる」人は100%ある依存を誰かに丸ごと拾ってほしいという意識のなかで発信しています。100%の依存を誰かが引き受けるという前提なら関係性に問題が起きやすくなるのは当然です。しかし1%の依存を100人(もしくは100個の何か)に引き受けてもらうなら関係性が容易に壊れることはまずありません。

特定の誰かを大事に思えば思うほど、それだけにのめり込む可能性も高くなり自分が参ってしまうことにつながりやすくなります。この記事で再三に渡って言うことなのですが、まずは好き嫌いに関わらず距離を置いてください。スマートフォンは電源を切ってシャワーを浴びて寝るのが初手として最適だと思います。

「やんでる」発言をするその前にスマホから離れろ
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最後にメンヘラ相談で有名なメカ節子(2台目)さんのTwitterより


ものすごく端的で参考になります。

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